ジェイムス オザワ|写真家

写真は、いける気がした

ー おかえりなさい(笑)。そして、初の個展お疲れさまでした! ジェイムスさんは、いつ頃から写真に興味を持たれたのですか?

最初のきっかけは、オーストラリアの大学で。いろいろな偶然が重なって仕事になりました(笑)。昔から、肌に合わない所には長く居れないし、我慢できない性格だった。日本の大学へ入ったけど、つまらなくて辞めちゃったんです。今思えば、そもそもやりたいことがない状態で通うというのが、論外だった。もちろん、まわりにはやりたいことのないやつも多かったけど、そこに馴染めなかった。

ー むしろ、なぜ大学へ行こうと思ったのですか?

高校を卒業するまでは、まわりと同じ歩幅で進んでいたんです。とくにやりたいこともなくて、なんとなく高校を出たら大学へ行って、そこで探すものかと思っていて……。ところが、入ってみたものの、ぜんぜんそういう場じゃなくて。ずるずる4年間過ごすというも、ある意味では“楽な道のり”だと思うんだけど、精神的にはまったく楽じゃなかった!

ー いつまで在学されていましたか?

入学後、3ヶ月で休学して、居酒屋でバイトしてました。半年くらいそんな生活をして、一度復学したんだけど、また2ヶ月で挫折。やっぱり無理だと思って辞めました。でも、辞めたところでノープランだし、考えてみたけど何の経験も知識もなくて……。やっぱり大学は必要なのかと思い直したんだけど、日本の大学へ行っても同じことの繰り返しだから、海外の大学へ行ってみようと思って。口で言ってスッと入れるほど、簡単なことではなかったんですが、なんとかオーストラリアの大学へ入学しました。

ー そこで、写真に出会ったわけですね。

そう。選べる科目の中に写真があって。どこの大学にでもありそうな「写真入門」みたいなものかと思いきや、意外にしっかりとした授業だった。テーマを与えられて写真を撮るだけじゃなくて、ちゃんと暗室でプリントまでする工程を実際にやらせてくれて。本当に興味本位だったし、写真を撮るのも撮られるのも嫌いだったんだけど、めちゃくちゃおもしろかった。でも、「やりたいこと」まではいかなくて、その次には心理学に興味が移った(笑)。カメラマンってどうやってなるのかも分からないし、それで食べていくなんてまったく未知の世界だったので。

ー でも、何かしらの刺さる部分はあったということですね。仕事にしようと思われたのはいつですか?

夏休みか何かのタイミングで日本に帰ったんですが、たまたま母親を通じてフリーライターの人と話す機会があったんです。趣味程度で写真をやっていることを話したら、どういうわけか後日カメラマンさんに話をしてくれたみたいで。でも、それが予想外の伝わり方だった。「カメラマンになりたい子がいる」って(笑)。でも、そのおかげで、「興味があれば撮影現場に見学へ来ていいよ」と言ってもらえた。自分が仕事としてやっている身だと考えられないけど、今思うとかなりフランクな方でしたね。40代半ばで、奥さんがオーストラリア人だという共通点もあって呼んでくれたみたいで。

ー はじめての現場はどうでしたか?

その時は、女性誌の料理の撮影でした。一軒家っぽいハウススタジオで、皿に載ったチョコレートをおしゃれに撮るみたいな。そこに、ど素人が飛び入り参加したもののやることがなくて、まわりの人と雑談していました。はじめて第一線で活躍する人の現場を見て思ったのは、「自分でもできる」ってこと(笑)。たぶん、若さのせいです。言い方は悪いですが、カメラマンにも水商売的なところがあって。もちろん最低限の写真の腕は必要なんだけど、人間性だったり、場の作り方も重要だなと感じました。ただの1日そこにいただけで、「あ、この道を進もう」と思えた。そこまで確信したのは初めてだったので、自分の感覚を信用するしかないと思い、その日にオーストラリアの大学へ戻るのを辞めました。「大学やーめた」って、言ってそのまま日本に残りました(笑)。

ー ご自身でもかなり撮られていて、自信があったということですか?

当時は、はじめたての人が撮るような、街中で目についたものしか撮っていなくて、人のポートレートにはガンガン行けなかったです。でも、はじめて見たライフスタイルの撮影がすごく好きで。現場の空気感も良いし、ガツガツしていない良い時間が流れている。モデルさんも気張らないし、お菓子をつまんで談笑しながらの撮影。極端に言うと、カメラマンはシャッターを切るだけなのに、現場の中心に居て、写真を見せてお礼まで言われている。そんな素敵な仕事は、ほかに思いつかないし、「最強だ!」って思ったんです。

ー その撮影を見せてくれたのが、最初のお師匠さまというわけですね。

そうです。個人的にもウマが合って、すごいベテランなのに良い意味で“師匠感”を出さない方でした。余裕があって、カチッとした現場に短パンでくるような感じで。友達みたいな感じで接してくれていたので、ついつい俺もそこに甘えてました。一応はアシストっていう名目だけど、何もできないのに暫くの間くっついて撮影現場に行っていましたね。勉強で行っている立場なのに、交通費も出してくれていて……。

ー 素敵なお話ですね。どのくらい師事されていたんですか?

半年くらい。さすがに、ろくに手伝えもしないのについて行くのが申し訳ないという気持ちになった。その時点でやりたいことが見つかっていたので、しばらく自分で道を探してやってみたいと伝えて、師匠の下を離れました。で、いざやろうと思ったけど、扉がどこにあるのかもわからなくて。スタジオで働いて修行を積むとか、そういう時間の掛け方は好きじゃないし、無理やり王道に乗るのも違うかなと思って入り口を探していました。仕事もないのに、当時キャノンから出ていた一番良いカメラを借金して買って、持ち腐れていましたね。