羊文学|バンド

紆余曲折を経て、今のメンバーが集った

ー みなさんにとって、音楽の原体験はなんでしたか?

塩塚:私は、小学生の時にピアノを習ったのが最初です。仲の良かった友達が、ピアノ教室へ行くというのを聞いて、「私も行きたい!」ってなって。でも、譜面を読むのが面倒くさくて、すぐに辞めちゃいました。あとは、小さい頃からとにかく歌を歌うのが好きでしたね。親は楽器をやっていないのですが、音楽好きだったので、その影響もあるかも。ギターも、友達の影響ではじめました。その子が「YUI」さんのファンで、遊びに行った時によく弾かせてもらっていたのがきっかけです。

ゆりか:私は、小学校の時に何かのコンサートへ連れていかれて、そこではじめて黒い音符の載った楽譜を読んだのがきっかけです。それからエレクトーンを習いはじめて、中学校3年生までの9年間くらい続けました。小さい頃からバンド音楽をよく聞いていたのもあって、高校からはギターをはじめました。大学に入ってからは、なぜかベースをやりたくなってはじめました。で、現在にいたります。

福田:僕は、お父さんがバンドをやっていて、ドラマーだったんです。家にドラムがあったので、お父さんから教わってやりはじめました。バンドをやりたいと思ったのは、中学生の時に「閃光ライオット」っていうフェスを観て、かっこいいと思って憧れたのがきっかけです。

ー 現在の編成にいたるまでは、どんな経緯がありましたか?

塩塚:私が高校生の時に組んでいたバンドが、もともと5~6人の編成だったんです。私も呼ばれて加入したんですが、そもそも最初に言いだした2人が辞めちゃって……。残った3人で、「羊文学」を結成したんですが、進路や就職の関係でみんなどんどん辞めていったんです。それから、福田が他のバンドで演奏しているのを観て、Twitterから連絡しました。見た目が女の子っぽいからイケると思って(笑)。ゆりかちゃんは、ずっとベースが見つからなくて募集をした時に応募してくれて、今年から参加してくれました。

ー 塩塚さんが起点となって、みなさんが集まったんですね。今までで一番印象的だったライブはありますか?

塩塚:やっぱり、「フジロック」かなぁ。でも、去年カナダツアーをしたんですが、日本のファンとノリ方が違うのが衝撃でした。「え、そこで!?」っていう部分でヘドバンしてるとか(笑)。彼らなりに真面目に聞いてくれた上で、感情が表に出過ぎているのがおもしろかったですね。あとは、ゆりかちゃんが入った最初のライブも印象的でした。

ゆりか:あぁ、年上の人たちの中でライブをした時!

塩塚:彼女が加入してくれて、活動休止明けの復活ライブだったんですが、久しぶり過ぎてどうノッたらいいのかがフワッとしていて。好きなバンドがたくさん対バンで出ていたのに、思った演奏ができなくて悔しい思いをしたのを忘れません。

福田:カナダツアーや「FUJI ROCK FESTIVAL」もそうですけど、毎回ライブって違うじゃないですか。やっぱり、ライブの良いところって、その時の気持ちを表現して、みんなでシェアできるっていうことだと思います。いつも下北沢を拠点に活動をしているのですが、1回1回のライブが大きなフェスに負けないくらい思い出深いですね。