熊谷 拓明|ダンサー

シルク・ドゥ・ソレイユも、なんか違った

ー そのときには、自分で振り付けをして劇を作ろうっていう気持ちはなかったんですね。

熊谷:まったくなかったな。向こうで団員になってからは、大掛かりな舞台に出ている高揚感はあったけど、「これって僕じゃなくてシルク・ドゥ・ソレイユがすごいんだよな」ってすぐに気付いちゃって。「僕は団体の一員になって踊ることには喜びを感じないんだな」ってわかったんです。「ここまででかい団体に所属しながらそう感じるってことは、本当にそうなんだな」って。で、そこで初めて、僕が企画したものがこれだけ盛り上がってたら嬉しいだろうなって考えましたね。

ー その時期のことを、熊谷さんは自ら「不思議な日々」って表現していますよね。

熊谷:シルク・ドゥ・ソレイユの舞台は、日本にいたときに想像していた「芸事」っていうものとはかけ離れていたんです。日本にいた頃は、パフォーマーはみんなそれぞれに戦う目をしていたけれど、シルク・ドゥ・ソレイユの団員は、そういう感覚では踊っていなかった。毎日、大人数でひとつの舞台を作る、っていうことの繰り返しです。それが不思議でしたね。とても大きい団体だったけど、僕は「舞台役者に代わりなんていない」って思っていたので、1回も休まずに全公演に出演しました。シルク・ドゥ・ソレイユ、皆勤賞です。

ー 「シルク・ドゥ・ソレイユ皆勤賞」ってなかなか聞けない言葉ですね! そうして契約期間を終えて、日本に戻ってきたわけですね。

熊谷:いや、実は契約は半年延長したんですよ。日本に帰ろうっていう思いは固まってたけど、ダンサーとしてなにかを得て帰国しなきゃ、って感じて。だから半年だけ契約を延長して、毎日2公演をこなしながら、余った時間は自分の将来についてとことん考えてました。

ー なるほど。その半年で、どんな結論が出たんですか?

熊谷:まずはっきりと思ったのは、「人に与えられたものをこなすのは無理だな」ということ。ダンスを根底にして、自分で作ること、組み立てることをやっていこうって決意しました。

ー 居間でひとりミュージカルをやっていた頃に帰ってきた感じがありますね。

熊谷:そうなんです。居間よりはお客さんが増えましたけどね(笑)。