熊谷 拓明|ダンサー

とにかくいま、踊りたい

ー 熊谷さんがダンサーを目指したきっかけはなんだったんですか?

熊谷:小学生の時、母に連れられて劇団四季の『キャッツ』を観に行ったんです。ミュージカルを観た後にわき上がったのが、「自分ひとりでキャッツをやりたい」っていう衝動。そこで、ゴミ袋を部屋の中に貼って劇団四季のテントに見立てて、「ミュージカル・キャッツ 出演者・僕 会場・居間」っていうフライヤーも手書きで作った。それを家の冷蔵庫に貼っておくと、家族が僕の“ひとりミュージカル”を観劇してくれるんです。はじめた頃は小学校高学年だったから、みんな微笑ましく見てくれてたけど、中学2年生くらいからは家族も引いてましたね。「こいつ、まだやってんの? 大丈夫なのか?」みたいな(笑)。でも、あまり周りの反応は気にならなくて。友達にも「お前も俺の居間公演観にくる?」とか言ってましたよ。

ー “ひとりミュージカル”は、何をモチベーションにやられていたんですか?

熊谷:認められて大きい劇団に入りたい、っていう気持ちもなくはなかったんですけど、それよりもまずはとにかくはじめてみたかったんですよ。「人に評価されるまでは踊れない、歌えない」みたいな、「待ち」がすごく嫌で、とにかく待ちたくなかった。居間でもいいからやっちゃえ、ひとりだってきっとできるって、当時の僕は本気で思っていた。ダンスをしっかり習い始めたのは、高校1年生から。本当は歌も習いたかったんだけど、いざ教室に行ってみたら踊りのレッスンにすごく惹かれて一気に引き込まれちゃいました。いつの間にか踊りのことばかり考えるようになって、ダンサーになるのが夢になりましたね。

ー 15歳からダンスを習いはじめるって、遅めのスタートですよね。焦りは感じなかったんですか?

熊谷:焦る気持ちもなくはなかったけど、「それでもやってやる!」って思っていました。ダンスで食べていくって決意してたし。高校卒業後に自分が通っていた教室でインストラクターをはじめたときは、「俺はとどまるところを知らず成長していくだろ!」みたいな、謎の自信すらあったかな。札幌でできるダンスの仕事は少なかったけど、その中でものすごく幸せに活動していたんです。当時は、東京に対する憧れもまったくなくて。師匠にも「僕はずっとここにいます」って言っていました。

ー それは不思議ですね。地方に住む若者の多くは、「東京が最先端だから東京に行かなきゃ」って考えていると思います。

熊谷:ですよね。でも僕の場合、札幌でもやりたいことを十分楽しくやれていた。「地方と東京は対極」っていう意識もあんまりなくて。

ー では、上京はなにがきっかけになったんでしょう?

熊谷:ダンスの師匠に、東京へダンスの舞台を観に連れていって頂いたことが何度かあったんですよ。そうこうしているうちに、「東京である有名アーティストのバックダンサーのオーディションがあるから受けてみたら?」って言われて。受けに行き、そのお仕事を頂きました。そこから札幌と東京を行ったり来たりする日々が始まりました。東京に通ううちに、ここでは札幌じゃありえないようなことが起こるんだなって知って、そこからすごく東京に興味がわいたんです。札幌を離れることは寂しかったですが……。

ー そうしてついに上京したわけですね。

熊谷:はい。はじめの頃は何もわからないから、立川の奥の方に住み始めたんですよ。当時、歌舞伎町のお店の振り付けをする・先輩の代講でダンスレッスンをする、っていうのが主な仕事で。もちろん稼げてなかったので、往復交通費が日給を上回ることもしょっちゅう。そのときの目標は「有名なダンサーになってキャーキャー言われたい」だけだったんです。講師をやってると、みんなから「先生、先生」って言われて気持ちいいんですよ。だけど、頭の片隅で「これじゃいけない」って思って。口癖が、「俺を誰だと思ってるんだ!」になって、酒飲んで、二日酔いで仕事して、っていう日々。一番堕落していましたね。

ー ずっとストイックに活動されてきたと思っていたので少し意外です。そこからどうやって立ち直ったんですか?

熊谷:札幌の師匠に「上手くいかないこともちゃんと全部言いなさい」って言われていたので、「辛いことがあるのはみんな同じだし、もう少し頑張れるかも」って思えたんです。諦めて卑屈になっちゃダメだって。それでどうにか気持ちを立て直して、バックダンサーの仕事をするようになったけど、「みんなで同じ動きをするのが僕には向いてないんだな」と思ってしまって……。決定的に違うなと思ったんです。そんなとき、これまた師匠から、「東京でシルク・ドゥ・ソレイユのオーディションがあるから、受けに行ってみな」って教えてもらったんです。「バックダンサーじゃないし、僕でもできるかも、受けてみよう」と思いました。

ー 意外とふわっとしている(笑)! 

熊谷:そう。オーディション当日も緊張しませんでした。それより、二日酔いの方が気になって(笑)。でも審査で勝ち残っていくうちに、酔いも覚めてきて、ここでは自分らしく踊ることが求められているなと感じた。「これで落ちたらもうやめた方がいいな」と思って臨みました。だから、受かったときは、「やったー!」っていうより「あ、踊りを続けてもいいってことか」と思いました。カナダに渡るときにも、人生の中でこういうことがあっても面白いかなという気持ちでいました。